こんにちは。
小学生のお子さんを持つ親御さん、毎日の家庭学習のサポート、本当にお疲れ様です。 我が家でも定期的に小学校で漢字テストがあるのですが、先日、子どもの勉強姿を見ていて「ハッ」とさせられる出来事がありました。
あらかじめ範囲が指定され、家で一生懸命練習して臨む漢字テスト。 しかし、必ずしも結果に結びつくわけではなく、時にはトボトボと凹んで帰ってくることもあります。
夕方、そんな子どもの勉強に付き合っていると、 「ママー、みてみて!ほら、こんなに頑張ったよ!」 と、ノートにびっしりと書かれた漢字を見せてくれました。
小さな手で、何行も、何十回も同じ文字を繰り返して書いた跡。 その努力そのものは本当に愛おしく、もちろん全力で褒めてあげたい。
けれど、そのノートを見つめながら、私の胸の中にどこか小さな違和感が芽生えたのです。 「同じ字を何度も繰り返して、この子は本当にこの漢字の『意味』や『使われ方』をイメージできているのだろうか?」
「作業」になっていないか、という違和感
文字をきれいに、たくさん書く。それは素晴らしい集中力ですし、忍耐力も養われるかもしれません。 学校の限られた時間の中で、クラス全員の基礎学力を引き上げるためには、反復練習が必要な側面もあるのでしょう。学校にすべてを求めすぎるのも違うな、とは分かっています。
しかし、単に「枠を埋めること」や「回数をこなすこと」自体が目的(ゴール)になってしまっては、それは学習ではなく「作業」になってしまいます。
親としてはつい欲張ってしまいます。 ただの記号の暗記ではなく、「この漢字はどうしてこの形なんだろう?」「どんな言葉に使われているんだろう?」という、一歩踏み込んだ好奇心のきっかけを手渡してあげたいな、と思うのです。
AIを触るようになって気づいた「これからの生きる力」
そんなことを考えるようになった背景には、最近、私自身が日常でAI(人工知能)に触れる機会が増えたことも影響しています。
テクノロジーが驚くほどのスピードで進化し、知りたいことの「答え」や、定型的な「作業」は、AIが一瞬でこなしてくれる便利な世の中になりました。だからこそ、大人である私たち自身も「これからの時代、子どもたちにはどんな能力が必要になるんだろう?」と考えさせられますよね。
そう考えたとき、行き着いた答えの一つが「好奇心」であり、言い換えるなら「問いを立てる力」でした。
どんなに優秀なAIがあっても、「これってどういうことだろう?」「もっと知りたい」という原動力=問いが自分の中に湧いてこなければ、その便利な道具を使いこなすことすらできません。答えがすぐ手に入る時代だからこそ、「何を問いかけるか」の差が、そのままその人の世界を広げる差(生きる力)になっていくのだと感じます。
家庭学習の中で「問い」の種をまく
漢字の練習だって、きっと「問い」の入り口にできます。
- 「『右』と『左』って、どうして書き順が違うんだろう?」
- 「『親』という字は、木の上に立って見てるって書くんだね」
そんな風に、ただ手を動かす作業から、意味やイメージを膨らませるエンタメに変えていくこと。学校の手前で、家庭だからこそできるのは、そんな「おもしろがり方」のヒントを一緒に探すことなのかもしれません。
「こんなに頑張った!」とノートを見せてくれたお兄ちゃんに、次からはこう声をかけてみようと思います。
「本当にすごいね!じゃあさ、この漢字を使った面白い言葉、何か知ってる?」
便利な世の中だからこそ、立ち止まって、じっくりと子どもの「知りたい」の根っこを育てていきたい。夕方のリビングで、ノートの余白を見つめながら、そんなことを思った今日この頃でした。